業務を標準化しミスを減少、沖縄の印刷業が挑んだ経営改革とは
沖縄県で唯一海に面していない町、南風原町。この町と那覇市の市境に広がる約1万坪の敷地に「沖縄印刷団地」と呼ばれる産業区域がある。1973年3月に沖縄県第1号の高度化事業として建設された同団地は、当初、「共存共栄」の理念を基に、多くの印刷会社が1つの建物に寄り集まって企業運営していた。現在は、印刷会社7社がそれぞれの社屋を構えて事業展開している。
その中の1社である沖縄高速印刷は、県内で他社に先駆けてカラー印刷に特化し、東洋インキ製造が開発した広色域印刷技術「カレイド」を導入するなど、高品質の印刷に力を注いでいる。同社は広告代理店からの案件が多く、品質を保ちながらもスピーディーな制作、納品が日夜求められているハードな環境に身を置いている。
基本的に印刷会社の仕事の流れはクライアント(納品先企業)に左右されることが多い。そのため、残業はもちろんのこと、夜通しで作業に当たる社員も決して少なくない。さらに、長引く出版不況や世界的な景気後退の煽りを受け、印刷業界全体が厳しい経営環境にさらされている。こうした状況下において、社員のモチベーションを高め、事業を好転させていくことが経営者に求められているのである。
●対価を得られず泣き寝入りすることも
現在、沖縄高速印刷の社長を務める大嶺亮一氏も、そうした期待を一身に背負った一人といえよう。大嶺氏は1993年に大手建設会社から中途入社し営業部に配属となった。異業種から印刷業界に飛び込んできた大嶺氏がまず驚いたのが、受発注において顧客との間に契約の概念がなかったことだ。顧客から注文を受けるものの、仕様書など正確な証拠となるものがなく、仮に顧客が途中で発注内容を変更しても、その対価は得られずに泣き寝入りすることもしばしばあった。大嶺氏の前職である建設業界は、とりわけ業務の標準化が徹底している業界であるため、そのギャップを実に大きく感じたという。
また当時、沖縄高速印刷の社内はセクショナリズムが横行していた。製造部、オペレーター部、営業部など部門間のコミュニケーションはほとんどなく、業務プロセスに大きな無駄が生じていた。また、担当者レベルにおいては、スキルの違いによって顧客に提出する見積書がバラバラといった事態が散見されていた。「こうした状況を何とか変えたいという気持ちはあったものの、チャレンジすることができずに時間が過ぎていった」と大嶺氏は振り返る。
●社長に抜擢、すぐさま改革に取り組む
そうした最中、転機が訪れる。営業部門でめきめきと実力を発揮し、着実に実績を重ねてきた大嶺氏は、2009年5月に40代前半の若さで社長に抜擢。すぐさま「前々から密かに温めておいた」(大嶺氏)という経営改革に着手する。
最初に取り組んだのが、社員のモチベーションアップに向けた待遇改善である。それまで同社には第三者が分かるようなしっかりした人事評価制度がなかった。例えば、営業部門であれば個人の売り上げ成績などが給与に反映されるが、事務職は単に出勤率などの勤怠状況でしか評価されてなかった。「社員の満足度を上げるためには、きちんとした評価の仕組みがなければならなかった」と大嶺氏は強調する。そこで、部門ごとの損益を詳細かつ明確に管理するとともに、そこから社員一人一人の業績が評価できるような制度を構築した。
さらに、これまで一定の基準でカットしていた社員の残業時間をすべて認めることにした。条件として、部長クラスに労務権限を持たせて上長が承認したもののみを残業とみなすようにしたが、これによって、部員と管理職のコミュニケーションが密になり、上長は部下の残業時間や業務負荷などを明確に把握できるようになった。この運用が始まった時点でタイムカードは撤廃し、勤怠管理を部門別にしたことも大きかった。「今後は部長に残業の予算を持たせて、その範囲内で部下の業務負荷をコントロールできるようにしたい」と大嶺氏は意気込む。
●いかに自社の生産性を明確に把握するか
次に取り組んだのが、業務プロセス全体の最適化である。上述したような部門間のコミュニケーション不足などから、これまで業務における「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」ができておらず、品質管理の面でミスやロス、顧客からのクレームが相次いでいた。その損失額は売り上げ全体の1%近くもあったという。
この業務プロセスにまつわる課題解決のために、大嶺氏が注目したのがITの活用である。以前から大嶺氏は、沖縄県が実施する「IT活用経営戦略支援事業」などに参加し、経営課題解決を目指したITの企画策定に取り組んできた。時を同じくして、生産管理の甘さなどのビジネス課題は、実は同社に限らず印刷業界全体でも大きな問題となっていた。それに対して日本印刷技術協会(JAGAT)が主導で、全国の印刷会社にITによる業務プロセス改革を呼び掛けていた。
具体的には、経営判断にかかわる情報が適時的確に適任者の元へ提供されるなど、ワークフロー全体を管理するシステム「マネジメント情報システム」(MIS)を推進。印刷会社は自社の原価および生産性を正確に把握するとともに、より精度の高い部門別利益管理を実施することを訴えた。すでに東京の印刷会社を中心にMISによる成功事例も現れ始めていた。大嶺氏もこの手法に賛同するとともに、MISを導入することで、社員は自分の行動が会社の利益につながっているという自覚を持って仕事できるようになるはずだと考えた。
そこですぐさまシステムの選定に取り掛かる。印刷業界におけるMISは、大手ベンダーから2、3人で開発している小さなシステム会社までさまざまな企業が提供していたため、実際に赴いてシステムの機能詳細をヒアリングするなど1年かけて比較検討した。「私も含めて社員全員が初めての試みで、専門知識もなかったため、さまざまなシステムを検証する作業に多くの時間を費やした」と大嶺氏は振り返る。
そうして、2009年暮れにシステムを導入。本来なら稼働までに9カ月かかると言われていたが、社員が休日返上でシステムトレーニングや自社のコストテーブルを理解する勉強会などのために出社するなど、全社を挙げてシステム活用に取り組んだ結果、3カ月も前倒しとなる2010年4月1日から本格稼働を実現することができた。
●品質が向上、顧客からの評価も高まる
同社が導入したシステムは、営業の見積もりから、受注、作業指示、工程、材料発注、販売、仕入れ、在庫、実績までをワンストップで管理するというものだ。具体的には、営業が案件を受注するとすぐさまその情報が全社で共有され、各部門はその案件にかかわる業務内容をスケジュールとともに把握できるようになる。業務を割り当てられた担当者は、作業のスタート、終了、仕事内容などの情報を入力して、システムで実績管理する。
また総務や経理部門でも、システム上で月度の売り上げや買掛金、売掛金の管理などができるようになった。途中で案件内容や金額などに変更があれば、すぐさまシステムに最新情報が反映される。さらにシステムに蓄積されたデータを、大嶺氏が部門別、担当者別、得意先別、商品別に分類して、経営分析に生かしたり、人事評価の基礎データとして活用したりする。
効果はどうか。システムの導入によって、ばらばらだった業務を標準化し社員一人一人の作業時間を大幅に短縮したほか、案件の進ちょく状況を即時に把握し、臨機応変に対応できるようになったことで、生産性が飛躍的に向上した。課題としていた品質上のミスやクレームなども減少し、顧客からの評価も高まったという。「今後はデータをさらにブラッシュアップし、(経営分析などの)精度を高めていきたい」と大嶺氏は抱負を語る。
沖縄県内の中小企業を支援するITコーディネータであり、インフォ・スタッフ社長の平良弘氏は、沖縄高速印刷のシステム導入成功のポイントについて、大前提として業務プロセス改善に取り組む姿勢ができていたことを挙げる。さらに、IT活用に関する県や関係団体の支援事業やセミナーに、社長自らが積極的に参加して、情報収集に取り組んでいた姿勢を評価する。
「こうした支援策を使おうとせず何も手を打たない中小企業が多い一方で、(沖縄高速印刷のように)何でも活用してやろうという企業はどんどん経営が効率化していく。この差は今後ますます広がっていくだろう」(平良氏)
2011年04月06日 ITメディア
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