【はじめて物語】インパクトが強い“かわら版”と“号外”
野田佳彦首相が「官邸かわら版」というブログを開設した。街頭演説で配布したビラからの命名という。総理大臣のかわら版、どれほどの本音を語るのか、とくとチェックしたい。
「かわら版」が初めて発行されたのは、1615(元和1)年の大坂夏の陣の時だった。〈安部之合戦之図〉と〈大阪卯年図〉という2枚のかわら版が残っている。いずれも大阪城が描かれ、武器を持って戦う武士の姿が見られるが、その時発行された物であるか定かではない。
かわら版はそれ以降も、ことに際して発行された。絵画に説明文をつけたものが多く、形は木版一枚刷りと半紙二枚折複数枚綴りのものがあった。街頭で読売りされたため、〈読売〉〈辻売りの絵草紙〉などと呼ばれた。木版刷りのほか、粘土を焼いたものを原版とすることも多く、これが「かわら版」の名称のいわれではないかとされる。
一方、「号外」は1868(明治元)年5月16日、上野の彰義隊の合戦を伝えた〈中外新聞〉の別刷り〈別段中外新聞〉が始まり。〈別段新聞〉は後に〈付録〉、〈別紙〉そして〈号外〉へと呼び名が変わっていく。1889(明治22)年の大日本憲法発布時に大阪朝日新聞は憲法全文を東京から電信で受信して号外を発行、そのスピードは人々を驚かせた。
かわら版も号外も、新聞の普及やテレビの登場でその役割を終えたかに見えたが、最近、号外が頻繁に発行される。以前の感覚からはこんな事件が、ということまで号外になっている。繁華街でまかれる号外に群がる市民の様子をテレビがニュースとして伝え、同じ事件でもインパクトが強く感じられる。
■企画のヒント
速報性はマスコミの大命題だが、印刷・配送というシステムと電波による伝達速度の差はいかんともしがたい。その差を埋めるべく新聞社がとった手が「号外」ではないかと考えた。号外発行は昔から「一大事」の象徴的なイベントだった。我先に号外に手を出す人々の姿はまさしく「ニュース」。これは格好のテレビネタ、結果的にテレビというメディアを経て新聞社のメッセージとして即座に伝わることになる。これこそイベントの新しい活用法と思うが、いかが?
2011年11月01日 ZAKZAK
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