今の日本に必要なことは何か? スティーブ・ジョブズの死を考える
アップルの創業者の1人であるスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。8月に病気で「その責務に耐えられなくなった」として第一線を退いたばかり。享年56歳。人生を駆け抜けた人である。
何度かインタビューしたことがある。1998年のiMac発表のときだった。部屋に招き入れられると、ずらっと並べられたiMacに「愛」という漢字が一文字大きく表示されていた。そして彼は言った。“It's beautiful, isn't it? ” そのときの彼の眼には、自分たちが世に送り出したマシンが大好きでたまらないという感情が満ちあふれていた。そして「愛」という漢字を美しく見せることができたという自信もあったのだろう。
まさにそれこそが後に天才と呼ばれるジョブズ氏の原点なのだと思った。自分が本当に欲しいものは何か、それを開発するのがアップルの使命であり、そうすれば消費者はついてくると考えていたに違いない。だからいわゆるマーケットリサーチを信用していなかった。自分が開発する製品はこれまで存在していないものであり、そうである以上、消費者がそれについて正確に意見を言うことはできないという論理である。
最初のiPodが世に出たとき、多くの人はその斬新なデザインに目を奪われた。ボタンがほとんどなく、ホイールを指で操作するというアイデアに感嘆したものである。そして同時に、音楽をPCのネットワークを通じて配信するというソフトとハードが一体化した「戦略」にも驚いた。音楽の著作権という分野にアップルが土足で入り込んできたと反発した関係者も当時少なくなかったはずだ。
「戦略」とカギカッコを付けたのは、ソフトの囲い込みをジョブズ氏がビジネス上の利益追求のために考えていたのかどうか、そこにやや疑問があるからである。大量の音楽をどこにでも持ち運べて、しかも自由に好きな曲をインターネットから選んで買うことができる。そのためにはどうしたらいいか。それがジョブズ氏の意図であり、それ以上でも以下でもなかったように思う。
インターネットが発達し、無線による接続技術が発達するのに伴い、ジョブズ氏の目はネットワークにつながる端末に向けられていった。それが人々のライフスタイルを豊かにすると信じていたからである。iPodでWi-FiにつながるiPod touchを出し、iPhoneを世に問うた。
1998年のインタビューのとき、PCの将来はどうなるのだろうと質問してみた。ジョブズ氏はよどみなく答えた。「今のPCという形ではないかもしれないが、ネットワークに接続できる非常にパーソナルな端末になるかもしれないね」
その言葉を思い出すと、ネットワークにぶら下がるさまざまな端末のイメージがすでにあったのだろうと思う。13年も昔のことである。今を生きるわれわれにとっては、もはや珍しくない端末の数々を、そのときに想像するのはかなり難しい。天才かどうかはともかく時代の一歩先を考える力に恵まれていたことは間違いない。
ジョブズ氏がソニーのことを尊敬し、そんな企業をつくりたいと言っていたことは有名な話だ。そしてアップルはソニーを追い越し、世界を席巻したマイクロソフトを追い越し、「瞬間風速」とはいえ世界最大の会社に成長した。
一方のソニーと言えば、あのウォークマンで世界を席巻し、多くの人々のライフスタイルを変えたものの、最近は「凋落の道」をたどっていると言っても言い過ぎではない。なぜiPodのような音楽プレーヤーをソニーが最初に開発することができなかったのか。そこに日本企業のある意味での限界を見るような気がする。ソニーに触発されてアップルを世界一の企業にしたジョブズ氏は、残念な気持ちで見ているかもしれない。
ジョブズ氏が実践したのは「奇跡」でもあったが、同時にわれわれにとって「希望」でもある。なぜなら、どのような産業あるいは企業であれ、自分たちが本当に欲しい製品やサービスを妥協せずに考えれば、それが消費者に受け入れられるということを示してくれたからである。往々にして組織は、多数決や権威で物事を決めがちだが、失敗を恐れず自分の信念に忠実になることが時には大きなブレークスルーを生み出すことがある。その挑戦の精神こそ、今の日本に必要なことだ。
スティーブ・ジョブズ氏という偉大なイノベーターを失って、改めてそのことに気づく。次のアップルはできれば、日本から生まれてもらいたいものだと思う。
2011年10月07日 ITメディア
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