世界経済を脅かす米国の「ゾンビ消費者」
(2011年6月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
世界経済は新世代のゾンビ(経済的な生けるしかばね)に足を引っ張られている。米国の消費者は前例のない家計引き締めの初期段階にある。2008年初頭以降の13四半期を平均すると、インフレ調整後の消費の成長率は年率換算0.5%だ。第2次世界大戦後、米国の消費動向がこれほど長期にわたって弱かったことは1度もない。
■日本のゾンビ企業と同様
ゾンビ症候群には重要な前例がある。それは「日本病」の症状であり、日本の「失われた20年」の最初の10年を招いた原因だった。政府の後押しを受け、日本の銀行は多岐にわたる債務超過企業に信用枠を与え続け、リストラと避けられない破綻を先送りした。
ゾンビ企業が密集した結果、日本の生産性の伸び率は著しく鈍化した。政策主導の銀行融資という命綱のおかげで、破綻企業は過剰な労働者と余剰設備を抱え続けることができた。だが、それがバブル後の日本から必要な活力を奪っていった。
バブル後の米国も似たような状況にある。12年間続いた記録的な大量消費の後、米国の消費者はかつてない困難に陥った。消費の過剰は不動産と信用という2つのバブルの上に築かれたもので、ともに弾けてしまったからだ。
米国の消費者が、バブルが誘発した大量消費の災禍から立ち直るには長い時間がかかる。過剰債務を返済する「デレバレッジング(レバレッジ解消)」は、やっと始まったばかりだ。確かに、家計部門の債務は11年初頭に可処分所得の115%まで減少した。この数字は07年に記録したピークの130%より15ポイント低いものの、1970年から2000年までの平均値である75%をまだ大きく上回っている。
貯蓄の側にも似たようなパターンがはっきり見える。家計の貯蓄率は11年3月と4月に、可処分所得のたった4.9%だった。05年半ばにつけた大底の1.2%からは上昇したかもしれないが、20世紀最後の30年間の標準だった8%近い貯蓄率には遠く及ばない。
■ゾンビの延命図る米政府
日本の銀行と同じように、ワシントンの政策当局はあらゆる手段を講じて合理的な経済調整を防ごうとしている。米連邦準備理事会(FRB)は2度にわたって量的緩和政策を実施し、誘発した株価反発の資産効果を消費者に使わせようとした。議会とホワイトハウスは、住宅差し押さえの抑制やその他の債務減免策を受け入れた。
狙いは、大不況によって家計のバランスシートが深刻な打撃を受けたにもかかわらず、問題を無視して再び消費し始めるようゾンビ消費者を促すことだ。ここに隠された意味合いは、米国政府が無謀な行動の復活を黙認しているということだ。
驚くまでもなく、米国の消費者は米国の政策当局者よりも賢明だ。財政・金融政策が持続不能な状況にあるため、家計は「生命維持」を図るこうした対策がよくても一時的であることを知っている。家計は自らの手で問題に対処しなければならないわけだ。
標準以下の労働所得や歴史的な高失業率、そして2400万人もの米国人が不完全就業状態にあることは、緊縮の必要性を強めるばかりだ。
■弱い消費に回復の見込み立たず
米国のゾンビ消費者にとって持続可能な選択肢は、支出削減とレバレッジ解消と貯蓄しかない。退職年齢を迎えはじめた総勢7700万人の老いゆくベビーブーマーにとっては、特にそうだ。
日本のゾンビの場合と同じように、米国の消費者の慢性的な弱さがすぐに終わる見込みはない。債務負担と貯蓄率がより持続可能なレベルに戻るまでには、少なくともあと3年から5年はかかるのではないかと筆者は思っている。
米国では今も消費が国内総生産(GDP)の約70%を占めているため、これは米国経済の成長率が大幅に落ち込むことを示唆している。米国が迅速に活力に満ちた成長源を発見すれば話は別だが、その点でワシントンの政策まひは心強さからほど遠い。
世界経済にも影響は及ぶ。日本の弱さと債務にあえぐ欧州に加え、世界最大の消費国の長引く力不足は、輸出主導型の経済国にとって外需に持続的な圧力がかかることを意味している。急速な内需シフトが起きなければ、新興国世界の成長の奇跡はひどい幻滅を迎える恐れがある。
■日本より深刻な可能性も
残念なことに、米国のゾンビ消費者が米国にもたらす問題は、日本のゾンビ企業が日本経済にもたらした問題より深刻かもしれない。GDPの70%という米国の個人消費のシェアは、バブルでゆがめられた日本の設備投資部門が90年代初頭に記録したシェアの3.5倍に上るからだ。
日本の教訓、特にバブル後のゾンビの密集の教訓を学ばなかったことで、米国経済と世界経済は今後何年も厳しい状況に置かれることになる。成長に飢えた金融市場は大いに落胆するかもしれない。
2011年06月17日 日本経済新聞
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